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ネパリ・バザーロとネパール国の系譜

「自分の仕事を考える3日間 II」の予習エントリー第1弾は、土屋春代さんのネパリバザーロのこと。

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ちょうどクリスマスに、「大地を守る会」のカタログに載っていた、ネパリバザーロの手編みカラフル手袋を購入しました。ネパールの物産をフェアトレードで輸入販売するネパリ(Nepari Bazaroはエスペラント語で「ネパールの市場(いちば)」の意でした)は、服飾雑貨を中心に、紅茶・コーヒー・スパイス・カレーなどを幅広く扱っています。取り扱い店舗は、Webサイトを見る限り、100店舗を越えるのでは。

Web上の情報は多くありませんが、土屋さんの系譜を時系列で見てみます。

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●中学のとき(1965年前後?) 岩村昇氏の講演に触れる。岩村氏は、1962年から18年もの間、ネパールの地で伝染病の治療・予防・栄養改善に取り組まれていた医師。

●1983年かな? カタログ部門を担当されている次女・土屋裕美さん 生まれる
○1986年 このころフェアトレードの先駆け「第3世界ショップ」がスタート。以後90年代は多くのフェアトレード団体が誕生

●1991年 はじめてネパールの地を踏む。日経BPの記事で「富と貧しさ、争いと人情、生と死、すべての相反するものが混在しているカオスの国」という表現をされています。
●1992年 ネパリバザーロ 事業開始。初訪問の翌年。この決断の早さです。

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そして以後、2009年までで既に、岩村氏と同じ18年間が経過し、商品ラインナップ・取り扱い店舗とも着々と増やしていっているのだから、さすがです。

そして、ネパリの活動期間は、ネパール国の政治体制が大きく動いた20年と重なります。

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○1990年   第一次民主化運動 ジャナ・アンドラン
○1991年5月 総選挙、複数政党制の復活
○2006年   第二次民主化運動 ロクタントラ・アンドラン
○2008年5月 ギャネンドラ国王退位、王政の終焉。ネパール共産党毛沢東派(マオイスト)のブラチャンダ首相が就任
○2009年5月 プラチャンダ首相退任、現職のマダブ・クメル・ネパール首相が
22政党連立(!)のもと就任
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以上「Wikipedia:ネパール」より抜粋

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2度の民主化運動と政治的大変革の中、多くの犠牲が生まれ、貧困が進み、都市への流入や女性・子どもの支援が喫緊の課題となる中で、ネパリは草の根の活動を続けていくわけです。王政と民主制、資本主義と共産主義、さまざまな政治的混乱と、現地での活動は、どのように折り合いをつけていったのでしょう。

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ネパリバザーロの商品には、素材や技術にも大きな工夫が見られます。代表的なのが、「ロクタ紙」という和紙のような素材をつなぎ合わせる「紙布」という技法。ロクタは、和紙の材料となる「ミツマタ」の一種。地域資源と、日本の伝統技術を組み合わせて、ユニークな商品にしています。


*ロクタ紙によるランプ。photo by comerciojustoindependiente, cc-by-nc-sa

ほかにも、ミティーラアートアロー(イラクサの一種)など、地域に眠っているさまざまな資源を発掘していった過程にも、たくさんの物語がありそうです。

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ところでネパールといえば、ジュートバッグを展開してきたマザーハウスの新ブランド・Maitighar(マイティガル)の展開が進んでいます。「ダッカ織り」をベースとした、マイティガルの本格稼働は2009年の半ばから。MHのサイトおよび『裸でも生きる2』では、山口絵理子さんがネパールの拠点を立ち上げるに至る、痛々しいストーリーを読むことができます。こちらも是非、ご一読を。

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