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[雑記]TSUGUMI、別れ、ばなな文体


よしもとばなな『TSUGUMI』を、丸々手で書き写すことを始めた。

「文章がうまくなりたかったら、名文を書き写してみること」
荻野定樹『名文と悪文―ちょっと上手な文章を書くために (日本語ライブラリー)
という本を図書館で読んだ直後に、再度女神山で西村さんの口から聞いて、これはやってみようと思った。

文庫1ページ写すのに15分ぐらいかかるので、毎朝少しずつやっても、終わるのはだいぶ先の話だ。電車の中で読むだけならさーっと流してしまう一言一言を、書き写すときには何回も何回も読むことになる。

“私達はいろんなものを見て育つ、そして、刻々と変わってゆく。そのことをいろんな形で、くりかえし思い知りながら、先へ進んでゆく。それでも留めたいものがあるとしたらそれは、今夜だった。そこいら中が、これ以上何もいらないくらいに、小さくて静かな幸福に満ちていた。”(TSUGUMI)

よしもとばななの文体は特徴的だ。ISIS編集学校「破」のカリキュラムの中でも、ばなな文体は、野坂昭如・三島由紀夫と並ぶ1大スタイルとして提示され、モード編集術の教材になる。その特徴は、

  • 接続詞はほとんど(まったくといってよいほど)使わず、語尾は断定的
  • 形容詞も副詞もメタファーもこねくり回さず明瞭な表現に徹する
  • ややおおげさ、唐突で極端なイメージ連鎖、いきなり深い思索的表現もあり

といったところだ。淡泊でありながら「ゆらぎ」のある彼女の言葉遣いが好きで、こんな文体で自然に書けたらいいのにと思う。彼女の文章の一言一句を書き写す作業は、毎日ヨガをしていると少しずつ身体が柔らかくなっていくように、身体を調整していく作業で、大して苦痛にはならない。

TSUGUMIを改めて読み返したのは、女神山で「インタビューのワークショップ」5泊6日を終えてすぐだった。6日間も一緒に学んだ仲間との別れ(結局、ごく直後に再会しまくることになるのだが)は、本当に淋しかった。”TSUGUMI”の語り手である白河まりあが、長く育った故郷のまちや、一緒に過ごしてきたつぐみ・陽子姉妹と別れるときの感覚は、同じではないにしろ、少し分かるかな、と思いながら、まりあにどっぷり感情移入しながら読んでしまった。

“ひとりの人間はあらゆる段階の心を、あらゆる良きものや汚いものの混沌を抱えて、自分ひとりでその重みを支えて生きてゆくのだ。まわりにいる好きな人達になるべく親切にしたいと願いながら、ひとりで。” (TSUGUMI)

文体練習のために再読した『TSUGUMI』だけれど、ばなな流のアナザーワールドに入り込む体験はとても心地よかった。久しぶりに、幸せな読書をした。

※おまけの参考リンク:松岡正剛の千夜千冊 第350夜 TSUGUMI
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0350.html

One Comment

  1. お久しぶりでーす。ばなな本は読んだことがないんだけど、特に一つ目の引用文にぐっときて、久しぶりに文学の世界に浸りたくなりました。

    吉本ばななさんは、こういう文章を書くんですね。引っ張った文章の最後のフレーズが極端に短いっていう文章は(「今夜だった」「ひとりで」)、あまり見かけない気がします。断定的な割に、妙に余韻が残って、アナザーワールドへ引っ張られますね。

    TSUGUMI、まずは積ん読リスト入りです(笑)

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