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For Creative Communication

TEDTalks試訳:エミリー・ピロトン『変革のためのデザイン教育』

うっかり足を踏み入れてしまったTEDTalksの翻訳プロジェクト。ついに第一弾の翻訳作業を終えました。今回チャレンジしたのは、“Emily Pilloton: Teaching design for change” です。このあと、同じくボランティア翻訳者の同志によるレビューを経て、公開となりますが、参考までに本エントリーで試訳全文を公開します。

エミリー・ピロトンが率いる Project H Design は、デザインと建築の力で学校教育を変え、学校を起爆剤に地域を変えていくプロジェクトを展開しています。16分の講演の中では、コンピュータールームのリノベーション、「学びの庭」と称する教育的デザイン遊具、そして、「青空市場の設計」というデザインプロジェクトを授業として取り入れた実戦例が紹介されています。「学びの庭」については、greenzでも昨年紹介されていました。エミリーは「世界を変えるデザイン展」の講演の他、ユニバーサルデザインの講演など、何度か日本にも登場していますが、まだまだ知られていない存在なのでは?

この動画の紹介を通じて、優れたアイデアが少しでも広がってくれたらと思います。

TEDxTokyoのスタッフでもあり、翻訳チームの先輩でもある @natsu_water, @wataru_n, そして @remore にインスパイアされて始めた今回の試み。ちょうどサンフランシスコを経て英語学習欲が高まっていた時期、また、書くことと編集に対する意欲も高まっていた時期にあたったため、翻訳というのは本当に良い経験でした。そして、受験英語の知識が案外侮れない。ブリティッシュ・イングリッシュ仕込みの英文法をじっくり教えてくれた、高校の担任・鈴木敏彦先生の教えは今になって活きています。

エミリー・ピロトン:変革のためのデザイン教育

<リード文>

デザイナーであるエミリー・ピロトンは、貧しい農村地域であるノースキャロライナ州バーティ郡に移住し、デザインの力でコミュニティに変革を引き起こす果敢な実験を行いました。エミリーは「スタジオH」というデザインと建築のクラスで教鞭をとり、中高生を心身ともに惹きつけながら、米国で最も貧しい地域に、良質なデザインと新しい機会をもたらしました。

<本文>

これから、今や私にとって「地元」になった場所の話をします。テーマは、公教育と農村地域、この両方をよりよくするために、デザインに何ができるのかです。
ここは米国ノースキャロライナ州バーティ郡です。地図を見てみましょう。ここがノースキャロライナ、拡大すると州の東部にバーティ郡があります。州都ローリーからは車で約2時間。平地で、沼の多いところです。ほとんどが農地です。郡の人口はわずか2万人で、家はあちこちに散らばっています。人口密度は1平方マイルあたり27人、つまり1平方キロあたり10人です。

バーティ郡は、アメリカの農村地域における「末期状態」の典型的な一例です。同じような地域は米国全土に、また国外にも見受けられます。それには兆候があります。市街地の空洞化。中心部のゴーストタウン化。頭脳流出。すなわち教育を受けた人間のほとんどが街を離れ、二度と戻りません。農業補助金への依存。平均より質の低い学校。都市部よりも高い農村部の貧困率。バーティ郡も例外ではありません。似たようなコミュニティと同じく、最も苦しんでいるのは、農村地域の未来のために、集団投資が分配されないことかもしれません。全米で行われている慈善寄付のうち、農村部の益となるものは6.8%しかありません。しかし、全人口の20%は、農村部で暮らしているのです。

そして、バーティ郡は単なる農村地域ではなく、極度に貧しい地域です。州の中で最も貧しい郡なのです。子どもの3人に1人は貧困状態にあります。いわゆる農村ゲットーとして紹介される地域です。経済はほぼ農業で成り立っています。主要産品は綿花とタバコ、そして名産のバーティ・ピーナッツです。地域最大の雇用主は、パデュー社の鶏肉処理工場です。郡の中心はウィンザー市。この写真はウィンザーの「タイムズスクエア」的な一角です。ウィンザーの住人は2000人。他の小さな街と同じく、年々人口が減っています。使われている建物より、空き家や未修理の家の方が多くあります。レストランの数は片手で数えられるほど。バン・バーベキューは私の行きつけのお店です。しかしウィンザーには、コーヒーショップも、インターネットカフェも、映画館も、書店も、ウォルマートさえ、ありません。

人種的には、人口の60%がアフリカ系アメリカ人です。しかし、特権階級の白人の子どもたちは私立のローレンス・アカデミーに通うため、公立学校の生徒は86%が黒人です。地元の新聞に掲載された卒業生の一覧です。違いは明白でしょう。バーティ郡の公教育が「苦労している」という表現は、遠回しにすぎるかもしれません。基本的に、免許を持った教員の余剰人員はゼロです。郡の人口のたった8%しか大学を出ていないので、教育を軽んじる風潮があります。事実、2年前の全米標準学力テストで、英語と数学の両方で平均点を超えた子は、3年生から8年生全体で、27%しかいませんでした。

ここまでのところ、この地域の悪い面ばかりを話しているように聞こえるかもしれません。でももちろん、良いニュースもあります。私が思うに、バーティ郡のいま最も大きな資産は、この人物です。チップ・ザリンジャー博士。「ドクター・Z」の愛称で親しまれています。彼は2007年の10月に、この崩壊した教育システムを修復するため、教育長として赴任してきました。以前は、サウスカロライナ州チャールストン、およびコロラド州デンバーの教育長を務めていました。彼は80年代後半に、米国でも先駆的な、チャータースクールを立ち上げました。反骨精神に溢れ、先見の明のある人でした。彼の存在がまさに、私がいまここで暮らし、仕事をしている理由なのです。2009年の2月、ザリンジャー博士は私たち、私が立ち上げた非営利デザイン集団である「プロジェクト・H・デザイン」をバーティ郡に招きました。彼のパートナーとして学区の再建にあたり、そこにデザインの視点を導入するよう依頼されたのです。彼が特に私たちを選んだのは、独特のデザインプロセスを有しているからでした。そのプロセスが結局、デザインのサービスや創造的資本を通常得がたい地域においては、適切なデザインソリューションを生み出せるのです。具体的には、6つのデザイン原則を使っていました。おそらく最も重要なのは2番目の原則です。「その人のためにつくるのではなく、その人と一緒につくること」。私たちが人間中心のデザインを行うとき、それはクライアントのためのものづくりではなく、人々と一緒につくっていくこと。その過程の中から、最適解が立ち上がってくるようにすることです。

招かれた時、私たちはサンフランシスコを拠点としていました。そのため、2009年の間は2拠点を行ったり来たりしながら、ほぼ半分の時間をバーティ郡で過ごしました。「私たち」つまりプロジェクトHは、私と、パートナーのマシュー・ミラーによるユニットです。マシューは「冒険野郎マクガイバー」のようなタイプの建築家です。そして現在は、バーティ郡に居を移しています。この写真ではマットの顔から上をわざと切り取っています。スウェットを着ている写真を公開したらすごく怒られるので…
さて、ここは我が家の玄関です。この地を、今私たちは「地元」と言っています。1年かけて行ったり来たりしているうちに、私たちはこの地を大好きになってしまいました。土地も、人も、そして仕事も大好きです。バーティ郡のような農村地域で、デザイナーと建築家が働けることなど、そうめったにありません。そこには実験したり試行錯誤する十分な余地がありました。ザリンジャー博士の素晴らしいご支援もありました。リアルかつ実践的で、爪に泥が入るようなこの仕事に、誇りを感じています。

ただ、私たちの個人的な関心以上に、現地には膨大なニーズがあります。バーティ郡における創造的資本は、完全な空白状態です。郡のどこにも、資格を持っている建築士は一人もいません。ですから、デザインという方法を持ち込む機会があったのです。バーティ郡では目にすることさえなかったものかもしれませんが、道具箱に、全く新しい道具を加えたと言えるでしょう。当初の目標は、ザリンジャー博士と協力して、公教育システムの枠組みの中でデザインを活用していくことでした。しかしそれ以上に、バーティ郡のコミュニティ自体が新しい視点を切実に欲していて、プライドを持つことや、地域のつながりをつくること、そして欠乏している創造的資本を持つことが必要でした。そのため、目標を当初のものから変更し、教育にデザインを導入するだけでなく、コミュニティを発展させる手段として、デザインを活用する方法を考えることにしました。

この目標を達成するために、私たちは3つのアプローチで、デザインと教育に接点を持たせました。私たちがバーティ郡で行った3つのアプローチは、おそらく国内外のさまざまな農村地域でも効果的であると考えています。1つ目は、「教育のためのデザイン」です。これが最も直接的でわかりやすい、教育とデザインの接点です。つまり、空間利用や、素材や、利用する教師・生徒の体験を物理的・構造的に改善するということです。このアプローチは、ひどい移動式トレーラーや、時代遅れの教科書や、劣悪な建設資材が、昨今の学校で使われていることに対するものでした。実行にあたっては、2つの異なる方法をとりました。一つ目は、コンピュータールームのリノベーションです。伝統的にコンピュータールームは、特にバーティ郡のような低レベルの学校においては、隔週で進捗テストを行わなければならないこともあり、非常に表層的で機械的な、テスト教室と化していました。教室に入り、壁に向き合って、テストを受け、出て行く。私たちは、生徒のテクノロジーへの接し方を変えたいと思いました。もっと明るく、交流のできる場で、愛着が持て、来やすい場所にしたかったのです。それと同時に、教師がもっとテクノロジーを利用した教育をやりやすくするという意図もありました。この写真が、高校のコンピュータールームです。ここの校長先生も非常に気に入ってくれました。この高校に来客があるとき、いつも最初に案内するのが、この教室です。

これもまた、教師と一緒になって創り上げた、教育のための遊具、「学びの庭」と名付けたものです。これを使って、小学生たちは、遊びや運動を通じて、また童心に帰ってはしゃぎ回りながら、必修科目の学習ができるのです。この写真で子どもたちが遊んでいるのは、基礎的な掛け算を学ぶための遊び、「マッチミー」です。マッチミーという遊びは、クラスを二つのチームに分け、各チームがグランドの両側に陣取ります。教師がチョークを持って、一つ一つのタイヤに数字を書いて回ります。そして、先生が掛け算の式を言います。例えば4×4としましょう。そこで両チームから生徒1名ずつが出て、相手よりも早く、4×4=16の数字が書かれたタイヤを見つけて、そこに座ります。最終的に、チーム全員が正しいタイヤに座れた方が勝ちです。「学びの庭」は、驚くべき力を持っていました。いくつかのクラスではテストの点数が上がり、生徒の快適感も高まりました。特に男子生徒は喜んで外で遊ぶようになり、二桁の掛け算も恐れなくなりました。同時に、教師にとっては評価の道具にもなり、生徒が新しい事柄をどれだけ理解しているかを、より正確に測ることができます。つまるところ、教育のためのデザインにおいて最も重要なのは、制作されたものに対して、現場の教師にも愛着をもってもらうことだと思います。そうすることで、彼らが意欲的に活用してくれるのです。こちらは、校長補佐のペリー氏です。彼は教師の育成プログラムに参加したとき、マッチミーに5連勝して、とても喜んでいました。(笑)

さて、二つ目のアプローチは、教育自体のリデザインです。これが最も複雑です。システム全体を俯瞰したとき、教育がどのように管理され、何が、誰に対して提供されているのか。多くの場合は、変化を生み出すというより、変化が起き得る状態を整えたり、変化を誘発する動機付けを行うことでした。そしてそれは、農村地域や閉鎖的な教育システムの中では、「言うは易く行うは難し」です。
さて、こちらは「コネクトバーティ」という、グラフィックを用いた公共キャンペーンです。バーティ郡全体で、この青い丸印は数千箇所に存在します。また、これらは学区内の生徒の全家庭に、デスクトップコンピュータとブロードバンド・インターネットを提供するための資金源になりました。ただ、現時点では、実際に家庭内でのインターネット接続を確保できているのは10%にとどまっています。WiFi接続ができる場所は、校舎内と、ボジャングルス・フライドチキンの店舗しかありません。このお店のそばでは、よくたむろしていました。それから、人々が「この青いドットはなんだろう」とわくわくすることで、学校というシステムが、コミュニティ内のつながりを強化する存在になると、思い描くことになります。学校の壁を越えて、コミュニティの発展のためにどんな役割を担えるのかを考えさせるのです。最初に導入される一式のコンピュータは、今夏の下旬から導入が進んでいます。私たちはザリンジャー博士を支援して、教室と家庭のつながりを強め、学校にいる時間以外にも学びを深めていけるような戦略を練っています。

そして、第三のアプローチは、私たちが最もわくわくしている、現在も進行中の、「教育としてのデザイン」です。教育としてのデザインとは、デザインを公教育の中で実際に教えるということです。また、デザインを通じて他のことを学ぶ、つまり例えば、ロケットづくりを通じて物理学を学ぶというようなことではなく、デザイン思考そのものを学び、また実際に組み立て、構築する技術を、地域コミュニティの目的に合わせて学ぶということです。言い換えれば、私たちデザイナーはもはやコンサルタントではなく、教師であり、次世代を担う創造的資本の成長を目の当たりにしています。教育フレームワークとしてのデザインは、「解毒剤」として、これまでの退屈で硬直した、言葉で教えるだけの学区に変化をもたらします。それは実践的で、厳しくて、積極的な参加を必要としますが、子どもたちは必修科目を、真に学ぶべき方法で学べます。私たちはこう思っています。これまでの工作クラス、とくに木工と金工の授業は、大学に行くつもりのない生徒たちのために作られたのではないかと。まるで職業訓練なのです。労働者階級、ブルーカラー的。例えば、鳥小屋を母親へのクリスマスプレゼント用に作る、といったような課題が出されていました。一方で、ここ数十年間、工作クラスのために用意された予算はほとんどゼロにまで削減されてしまっていました。

そこで私たちは、工作クラスの再建を試みました。ただこの時は、コミュニティのニーズを満たすことを同時に目指しました。そして工作クラスの中に、より重要かつ創造的な、デザイン思考に満ちた制作プロセスを組み込みました。漠然としたアイデアですが、ザリンジャー博士と密に連携をとりながら、これまでの1年間で、中学と高校の通年のカリキュラムに取り入れていきました。この取り組みは、夏の終わりの4週間から始まりました。パートナーであるマシューと私は、困難で複雑な過程を乗り越えて、高校の教師たちに認められ、実践するところまで持っていきました。

秋学期と春学期を通じて、生徒たちは毎日3時間を、約400平米の工作室で過ごします。その時間、生徒たちはさまざまなことを行いました。外に出てエスノグラフィー調査をし、ニーズ発掘をする。工作室に戻ってブレーンストーミングやデザインの視覚化をして、機能しそうなコンセプトを練る。そして作業スペースに移動し、実際に作ってみます。組み立て、プロトタイプを作り、機能するかどうかを確かめ、修正する。夏の間は、彼らはインターンシップを行いました。プロジェクトHの従業員として給与を得ながら、建築チームの一員として、コミュニティにおけるプロジェクトに携わりました。最初のプロジェクトは来夏に完成する、中心市街地の青空市場です。続いて2年目にはスクールバス用の屋根付きのバス停、3年目には高齢者向けの家庭の改装を行います。これらは本当に目に見えるプロジェクトで、生徒が指さしながら、「これは僕が作ったんだ、いいでしょう!」と言うことができます。

私たちの生徒を3人紹介します。一人目はライアン。15歳の女の子です。彼女は農業が大好きで、高校教師を目指しています。大学進学を希望しているのですが、バーティ郡に戻ってきたいと言います。なぜなら、バーティ群が家族の出身地であり、「ホーム」と呼ぶ場所であり、恩恵を受けたこの場所に対して、恩返しをしたいと強く思っているからです。スタジオHによって、彼女は能力を高め、最も有意義なかたちで恩返しができるようになるでしょう。

2人目はエリックです。エリックはフットボールチームに所属しています。彼はオフロードバイクのレースに夢中で、建築家を目指しています。彼はスタジオHを通じて、建築家として必要な技能、図面を描いたり、木や金属を組み立てたり、クライアントに対してリサーチを行ったりする能力を身に付けることができます。

3人目はアンソニーです。彼は16歳で、狩りや魚釣りが好きで、野外で手を動かしていろいろなことをするのが大好きです。彼にとっては、スタジオHがあることで、実践的な参加を通じ、公教育に興味を持ち続けることができるのです。彼は林業に興味がありますが、自信がなかったので、結局大学には進学せず、より仕事に密接するスキルを伸ばすことを選びました。

実際に、デザインと建築は、公教育に対して、異質な種類の教室を提供しているのです。この中心市街地にある建物は、将来青空市場になるところですが、現在は教室です。また、地域に出ていって住民にインタビューし、どんな種類の食材を買っているかや、どこ産のものを、どうして買うのか、といったことを調べることが、宿題になります。夏の終わりには、テープカットの式が行われ、青空市場の完成と、市民への公開を祝いますが、それが最終試験です。地域コミュニティにとっては、デザインと建築により、完成までのプロセスを、リアルに見ることができます。プロジェクトは1年に1本。そしてそれは、若者という最大の未開拓資産を耕して、新しい未来を描かせてくれます。

スタジオHは小さな物語です。特に最初の1年間は小規模でした。13人の生徒と2人の教師、1ヶ所で1つのプロジェクト。しかし、このやり方は他の場所でも通用するという確信があります。この小さな物語が秘めている力を、心から信じています。グローバルな規模で、人間中心のプロジェクトを行うことは非常に困難です。視野を拡げすぎると、等身大の人間を見つめることができなくなってしまいますから。

最終的には、デザインそのものが、私たちの仲間やクライアント、そしてデザイナーである私たち自身にとって、やむことのない教育課程なのです。デザイナーは、それに向き合って、自分自身を再発見する必要があるのです。重要な物事を自ら学び直し、「快適な空間」から一歩外に出て活動し、私たち自身の専門領域の中で、よりよい市民としてあるべきなのです。これは本当に小さな物語ですが、これが代表的事例として、農村地域の未来を正しい方向に導き、公教育の未来をつくり、そしてまた、デザインの未来をもつくっていくことを願ってやみません。

ありがとうございました。

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