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3.11緊急支援NGOの「初動」から「復興」への動き(#EARTHLING2011での報告より)

1万RT超、20万ページビューという大反響を頂いたエントリー『どこに寄付をしたら、どこにお金が行くのか』公開から2週間。赤十字の義援金は配分までにかなりの時間がかかりそう、と言われる一方で、現地で活躍するNGOは、具体的な支援活動を続けています。このたび、Think the Earthプロジェクトが主催する『EARTHLING2011』というイベントで、複数の団体による活動報告を聞いてきました。ごく一部ですが、その報告からの気づきをまとめます。

圧倒的な「初動」の速さを見せた『緊急支援のプロ』

気仙沼を拠点とするピースウィンズ・ジャパン(以下PWJ)の長妻さんによる発表では、地震発生直後のPWJの動きが紹介されました。本震の直後に情報収集を開始し、「映像を見る前」に活動の概要を決定していたとのこと(NHKなどで現地の映像が流れたのは確か数時間後…)。そして、PWJは初動調査のため、翌日に独自でヘリコプターを飛ばし、いち早く現地の一次情報を得ています(ヘリの燃料代だけでも相当の費用だと聞きます…)。

仙台市からの距離と、基礎的なインフラがある程度残っているという理由から、宮城県気仙沼市を拠点に決定。そこで最初に取り組んだことは、「災害キット」として所有していたイリジウム衛星携帯電話の開放でした。何よりもまず、安否確認などの連絡を可能にする通信環境の確保が重要なのですね。その後も、市の対策本部と連携し、「アセスメント」=ニーズ調査を行い、避難所で何を必要としているかを確認しながら、支援内容を変えていくといいます。

[参考リンク]PWJ 中間活動報告(PDF)
[参考リンク]ジャパン・プラットフォームの初動対応クロノロジー(PDF)

難民を助ける会(以下AAR)の野際さんは、先遣隊として3/13に仙台市災害対策本部に急行した道中、宇都宮の大型スーパーで店長と交渉し、500人分の食料と水を確保し、それを積んで行ったというエピソードを紹介されていました。都内でも物流への影響はかなり早い段階で出ていましたが、それよりも判断と行動が早かったために、初動段階で物資が確保できたのはすごいことだと思います。AARは、そのままで食べられる食料・レトルト食品・生鮮食品など、状況に応じて支援物資の種類を変えて行ったほか、生活用品や燃料(軽油・灯油)についても、いち早く確保して配布を行なったそうです。

[参考リンク]AAR 第1回目の活動レポート。今読み返すとその意味がわかります。

AARは、主な支援先である高齢者・障害者施設に対しては、物資を満載したハイエースで一軒一軒回りながら、ニーズを確認してその場で渡す、という進め方をする一方で、岩手県・宮城県の福祉課や、社会福祉協議会(社協)と調整会議を持ってデータを入手するなど、官民連携を進めながら活動を進めてきました。

私は、この2団体の報告から、彼らが『緊急支援のプロ』と呼ばれる理由のいくつかを知った気がしました。一つは、判断と行動のスピード。揺れた瞬間から動き始めるまでの時間がこれほど短かったのは、世界中で経験を積んできた緊急支援活動から、行動パターンを確立しているからこそできることだと感じました。もう一つは、即使えるツールを持っていること。それはPWJの衛星電話や、私の地元袋井市からも運び込まれたバルーンシェルターなど、有事の際に役立つツールを資産として所有しているということと、物資調達や情報収集に使える生きたネットワークを持っているということ。これらを有する一部の団体だけが、比類ない速さで初動の調査と最初の支援活動を行うことができたのだと思いました。

PWJ、AARを始め、初動段階で活躍した7団体に資金提供を行う「Think the Earth基金」は、第一期の寄付総額が1800万円を超え、各団体に250万円ずつが提供されました。こうした基金を通じて、本当の『緊急支援のプロ』を支援し、彼らにしかできない活動を継続してもらうことができていると言えるのではないでしょうか。

[参考リンク]TTE基金第一期収支報告

※注:EARTHLING2011では、このあとシャンティ国際ボランティア会(SVA)市川さんからも非常にリアリティ溢れる報告をいただきましたが、本稿では言及を割愛させていただきます。

いま、ボランティアが機能するために不可欠な「コーディネーター」の存在

続いて、ピースボート岡本さんからは、石巻市へのボランティア派遣活動について紹介がありました。3/23夜発の第一陣は、バス1台・50名。4/1夜発の第二陣は、バス2台・100名。これらのボランティアは、ピースボートが開催する「ボランティア説明会」に参加して、必要な準備や心構えについて、十分な指導を受けます。

この時期、現地で行われる主な活動は、(1) 泥(ヘドロ)の掻き出し作業、(2) 炊き出し、(3) 物資配布会。炊き出しや物資配布は、被災した人々と直接触れ合う中で、ニーズの吸い上げを兼ねているといいます。現地でも、社協やNGOが参加する市の災害ボランティアセンターで一日一回情報共有ミーティングが持たれ、グループごとの担当地域分担や、ニーズのすりあわせなどが行われているそうです。

一方、RQ市民災害救援センター(以下RQ)広瀬敏通さんからは、また違ったボランティア・コーディネートの活動が紹介されました。RQのユニークなところは、「避難所として指定されていないところに避難している人を、クチコミで探し当てて援助する」というスタンス。宮城県登米市を拠点に、140トンの支援物資を、20数台の車のピストン輸送で、60箇所に届けた実績を持ちます。緊急支援物資がある程度行き渡った現在は、より細やかなケアへと活動の比重を移しているといいます。多くの地域に「細かなボランティアセンターを作りたい」と話されていたのが印象的でした。

[参考リンク]広瀬さんによる活動レポート(掲示板形式)
[参考リンク]「レアリゼ」に掲載されているRQの紹介記事

ピースボートとRQセンターの報告からは、いわゆる一般市民のボランティア受け入れ態勢が既にほぼ整い、「ボランティア自粛」が不要なフェーズに来たことが伝わってきました。「何かしたい」という人は、こうしたコーディネート組織を一旦経由し、組織化された状態で現地に赴くことが、最も効率的な貢献につながると思います(単身現地に行って、向こうのコーディネートを待つのは、現地側に負荷をかけることになりますし…)。

初動フェーズをある程度終え、復興に向けた人手をどんどん送り込むべきフェーズとなった現在では、こうした中間支援組織の働きが価値を増しています。Think the Earth基金第二期の支援先は、まさにこうしたボランティア・コーディネート分野のプロが中心です(ピースボート、RQセンター、シャンティ国際ボランティア会[SVA]、医療支援のシェア、そしてワールドビジョン)。刻々と変わるニーズを吸収して、どのようにボランティアの活躍の場を広げていくのか、彼らの活動報告にも大きな学びがありそうです。

「復旧」ではなく「復興」へ――”Bulid Back Better”

さて、ここから先、長期戦が予想される災害復興は、どうなっていくのでしょうか。

AAR野際さんが報告の中で、“Build Back Better”(災害前よりもよりよい状態に)というフレーズを紹介していました。これは、スマトラやハイチの災害の際にも共有されていた、災害復興の共通ビジョンといえるものです。この言葉には、ピンとくるものがありました。ある意味で、つくり直すものの質を高め、ゼロから都市計画やまちづくり、インフラ整備などを適切に行なっていくチャンスがあるとも言えるわけで、この “Build Back Better” をデザインする専門家が、これから必要になってくるのではないでしょうか。まさしくプロボノの出番でもあり、本業を通じた貢献の機会でもあるでしょう。

もう一つ、RQセンター広瀬さんが言及した「災害教育」というキーワードも印象的でした。被災現場から、最も多くのことを学ぶことができる、という視点です。「修学旅行の行き先を、沿岸の被災地域にしたらいい」と仰っていたのも、自然学校やエコツーリズム活動を展開されてきた広瀬さんらしい視点だと思いました。「被災地を被災地としか見ないのではなく」、被災現場から多くの学びを得、来るべき次の災害に備えるということですね。

デザインや教育以外にも、さまざまな「専門家」の力が、これから必要とされてくるのではないかと思います。ホームステイ仮住まいの提供を通じた被災者の生活支援も、そろそろ本格的に必要になってくるかもしれません。そして、その専門家たちの活躍と独自性、現場のニーズを広く伝える「広報・マーケティング・コミュニケーション」の専門家も必要かと思います。SVA市川さんが仰っていたように、「マスコミの報道が減少し、目に映らなくなってからが本当の勝負」。これからも、現地の情報に眼と耳を傾けながら、自分にできる限りの継続的な支援を続けていきたいと思います。


ps. 前回の記事は、本当にたくさんの方にRTやブログ等でのご紹介をいただきました。信じられない思いでアクセス解析を眺めていました。どうもありがとうございました。

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