山内麻美(上) この本を書くことは、人生の宿題

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東南アジアの貧困に喘ぐ国・カンボジアを舞台に、国際協力活動に生涯を捧げ、若くして世を去った一人の活動家、堀本崇氏。彼の生涯を丁寧に追い、『バッタンバンのタッカシー』という一冊のノンフィクション作品として残した人がいました。それが、堀本氏とともにボランティアに行った経験も持つ、ライターの山内麻美さんです。「例えばカンボジアに作った学校はそれなりの期間残っていくけれど、志のようなものは形がないから、純粋に残しておきたいと思ったんです」――こう話しながら、自身初のノンフィクションに取り組んだ山内さんの「書く」ことへの姿勢を伺いました。(インタビュー:2011年4月)

堀本さんを知らない人が読んで、涙する

――『バッタンバンのタッカシー』を書いたことで、いろいろな人から反応があったと思いますが、その中でも、めっちゃ嬉しかったことってありますか?

山内 堀本さんの生き方に影響を受けて生まれた学生NGO「国際協力 風の会」の後輩で、大学2年生の男の子がいるんです。彼は「風の会」の活動でカンボジア現地に行った時に、まだ製本もされていない段階の、この本のワードの原稿をコピーして持って行ってくれたんですね。それで、ちょうど読み終えたあたりで、たぶんカンボジア現地から、「最後、堀本さんを知らないのに、涙しました」というメールをくれたんです。そのメールには、お世辞とかを抜きに、彼なりに感じるものがあって、本当に堀本さんに会いたかった、という感じがこもっていました。

もともと、風の会の後輩たちに、どうしてこの活動が始まったのかを伝えたいとは思っていたので、まだ大学2年生の子が読んで心を動かされたと知ったときには、嬉しかったですね。それまで、堀本さんに会ったことのある人には何人か読んでもらっていたんですけど、全く堀本さんを知らない人が、この本を読んでどう感じるのかは、まったく未知数で自信もなかった。その中での、フィードバックだったんです。

「人が涙するもの」というのは、なかなか書けるものじゃないと思います。 ボランティアに関わる若い人はもちろん、こういった活動に反対していた人さえも、感情移入して、涙しながら読んでもらえたと聞くと、 嬉しい。それは、自分がすごくいいものを書いたという意味ではなくて、それだけ重みのある話を伝えられた、という確認になりました。

堀本さんが私の人生に課した「宿題」

――一方で、この作品を書き切るのに、実に2年間もの時間をかけられた。その過程で、どのような困難があったのですか。

山内 自分にとって本当に大変だったのは、「いなくなってしまった方のお話を、深く結びつかれていた方々に、ひとりひとり、無償でお時間をいただいて、お話を聞く」ということに向きあうことでした。堀本さんのご家族や旧友の方に、そうやって話をしていただくことに、すごく感謝しなくてはいけない。けれど、その覚悟が、最初はきっと十分できていなかったんですね。私が普段書いている情報誌の仕事で、レストランやエステの取材をして書くのとは全く違う。失礼にあたることもありました。ひとりひとりの方の心のなかにある、大切な思い出を聴かせていただく立場にあるという認識を持つこと。その姿勢は、物書きとしてすごく勉強になりました。

――どうして、書き切れたんですか。

山内 これは私が勝手に思っていることなんですけど、「私、やらせていただきます」って、堀本さんの写真の前で約束したんですよ。この本を書くことは、堀本さんが私の人生に課した「宿題」なんじゃないかと思ったんです。約束したからには、宿題は、提出したい(笑)。
実際に「宿題」をやりながら、随所で得難い経験をさせていただいて、物書きとしても人間としても、未熟な点をいっぱい痛感しましたし、その都度反省して、成長するきっかけをいただきながらの執筆でした。やり遂げたら必ず、自分にとって一つ階段を登れるっていうことだけはわかっていたんです。きっと「先生」の堀本さんが見守ってくださっているんだろうなと思って、あきらめないぞと思って書き続けてきました。

広めることができる書き手を目指す

――この本を書くときに、「自分にしか書けない」という思いはあったのですか?

山内 そこまでのおこがましさはなかったんですが、勝手に使命感というか…。
私は今、こうやって物書きを続けていられるんですけど、堀本さんに応援してもらったことがあるんです。大学を卒業して、念願の編集プロダクションで働き始めたんですが、現場がすごく厳しくて、入ってすぐなのに早くも辞めたくなっていた時期がありました。そんな時に、なぜか堀本さんに相談に行ったんですね。そうしたら、堀本さんはすごく真剣に、そんな軟弱な若者の弱音を聴いてくれて、「なぜ物書きになりたいのか」という原点に立ち返るような問いかけをいくつもしてくださった。それで、その後も頑張ることができたんです。もしそこで励ましてもらえずに、ダメだ辞めよう、ってなっていたら、全然違う人生になっていたかもしれない。

一方で、堀本さんのように、ボランティアに生きるという選択肢は誰にでもあると思います。けれど、私はそれを選ばずに、物書きの道を選んだ。だからいつか、世界のためにがんばっている人や活動を、広めることができる書き手になりたいと、その時思ったんです。そう思っていたから、堀本さんの生涯を残すというテーマが自分の前に宿題として降りてきたときに、やろうと思いました。

» 山内麻美(下)文学として価値があるノンフィクションを

プロフィール

山内麻美(やまうち あさみ)。1979年東京都生まれ。シンガポールに拠点を置くフリーランスの編集ライター。2008年、児童文学作品『トコトワ』(未知谷)で作家デビューしたのち、2011年4月にノンフィクション作品『バッタンバンのタッカシー』を上梓。


About Satoshi Iritani

The Portrait of Hosting 主宰。2010年9月、西村佳哲氏がファシリテートする『インタビューのワークショップ』に参加したことを機に、インタビューの面白さに開眼。「入谷文耕堂」を屋号に掲げ、インタビューとウェブ制作のプロジェクトを手がける。 http://irritantis.info/author