小竹治安 part2 イギリスからスペイン、そして熊野古道

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熊野古道の宿「霧の郷たかはら」に初めて訪れる人は、「古道」らしからぬ欧風の内装や料理のラインナップに驚くかもしれません。固定概念にとらわれず、さまざまな文化を混ぜ合わせながら、心地良いもてなしの場を作り出すオーナー小竹治安さんのルーツは、一体どこにあるのでしょうか。

イギリスとスペインで十代後半を過ごす

――「人間、好きやねんな。」の原点はどこにあるんでしょう?

小竹 イギリスに居たときかな。高校受験に失敗して進学校に入れなかったとき、うちの爺ちゃんに「イギリス行くか、お寿司屋さんで修行するか、15分で決めなさい」と言われて(笑)。それで、イギリスに行くことにしたんや。行って最初の1、2年は、全然おもしろくなかったよ。でもね、できたのは、友だちや。たまたまシェアハウスを始めたイギリス人の友だちと一緒に住んでて、そこはベッドルームが2つしかないのに、24人も住んでた。友だちが友だちを呼んで、世界中から人が来たね。関係ない人種でみんなでパーティして、まさに出会いの交差点や。毎日2つしかないベッドは争奪戦で、だいたい負けてたけど(笑)、そこでは無償の愛感じたよね。そんな中で2年間過ごして、そこで人間学も、英語も学んだよ。

――「霧の郷たかはら」では、音楽や料理など、さまざまな面でスペインの影響を受けたコンセプトにしていますよね。スペインとの出会いは?

小竹 イギリスで英語喋れるようにしようと思ってえらい苦労してたときに、あるスペイン人が助けてくれたんや。その恩から仲良くなって、夏休みも日本帰らんと、その人の家族と一緒に過ごしたりしてた。イギリスに6,7年いた後は、「英語だけで勝負したら負けるから、スペイン語も」って爺ちゃんを説得して、スペインのグラナダに移った。そこでフラメンコ弾きのギタリストに師事したのも偶然やね。そこで3年間習ったギターは、今はもう18年やってます。 もともとスペインと熊野古道は、同じ世界遺産で姉妹道やけど、そうやって実地でスペイン語も覚えたから、言葉のバリアフリーっていうのもアピールできるやろ。

熊野古道・高原に根を張る

――そして、和歌山県の観光振興課が推進する「霧の郷たかはら」の運営コンペに乗り出すことになる。

小竹 和歌山県の人から声がかかったときは、実家の仕事を引き継いで、地元白浜のタクシー会社で、運転手しながら所長をやってたのね。最初は南紀白浜空港から乗合タクシーのようなものをやりませんかっていう話で、白浜の他のタクシー会社は全部断ったらしいんやけど、俺だけ「なんでもやらんかったら商売にならんから」って言って引き受けた。そのつながりで、ここ高原に旅館のコンペがあるからって教えてもらって。

宿の経営なんてやったことないから、やみくもですよね。でもハッタリきかせて「やれます」って 言った。これまでの海外の経験も活かせるし、白浜の開発やった爺ちゃんのコレクションとか、自分が持ってるいろんな素材を全てここに注ぎ込んだら、行けると思ったんや。県の人も、全国区の大手より、地元の若い有志に任せたいと思ってたしね。そしたら後は、魂入れるだけや。

――高原(たかはら)という地域も、初めてだったんですよね。

小竹 全然、行ったこともなかった。白浜の人とは組んだことはあるけど、田舎の人らと組んだことはない。でも、高原の人と組まな損やから、いっぱい作戦練りましたね。スペイン人と友だちになるみたいな感じで、自分をばーっと出していって。高原は、地理的に買い物も大変だし、保存食を作っておかなかったら、冬はなんにもとれない。そういうのを徐々に知るようになって、熊野という地の深さを知りましたね。

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プロフィール

小竹治安(しの じあん)。1971年生まれ、和歌山県南牟婁郡白浜町出身。英国やスペインで青年期を過ごし、帰国後様々な職を経て、熊野古道・中辺路の宿「霧の郷たかはら」のオーナー。白浜地域の開発を手がけた実業家・小竹林二氏を祖父に持ち、地元白浜では明光タクシーの役員も務める。二児の父。
twitter: @kirijian
http://kirinosato-takahara.com/


About Satoshi Iritani

The Portrait of Hosting 主宰。2010年9月、西村佳哲氏がファシリテートする『インタビューのワークショップ』に参加したことを機に、インタビューの面白さに開眼。「入谷文耕堂」を屋号に掲げ、インタビューとウェブ制作のプロジェクトを手がける。 http://irritantis.info/author